和歌と俳句

齋藤茂吉

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南蛮絵の渡来も花粉の 飛びてくる 趣なして いつしかにあり

この址に いろいろの樹あり 竹林に 冬の蠅の 飛ぶ音のする

江漢が 此処に来りて 心こめし 色をし見なむ 雲中観音図

隠元の 八十一歳の 筆といふ 老いし聖の 面しおもほゆ

四歳の 茂太をつれて 大浦の 洋食くひに 今宵は来たり

はやり風 はげしくなりし 長崎の 夜寒をわが子 外に行かしめず

寒き雨 まれまれに降り はやりかぜ 衰へぬ長崎の 年暮れむとす

はやりかぜ 一年おそれ 過ぎ来しが 吾は臥りて 現ともなし

朝な朝な 正信偈よむ 穉児ら 親あらなくに こゑ楽しかり

わが病 やうやく癒えて 心に染む 朝の経よむ 穉等のこゑ

対岸の 造船所より 聞こえくる 鐵の響きは 遠あらしのごとし

鐡を打つ 音遠暴風の ごとくにて こよひまた聞く 夜のふくるまで

東京より 来にしをさなご 夕ごとに 吾をむかへて こゑを挙ぐるも

長崎の しづかなるみ寺に 我ぞ来し 蟇が鳴けるかな 外の池にて

外のもにて 魚が跳ねたり 時のまの 魚跳ねし音 寂しかりけれ

藤浪の 花は長しと 君はいふ 夜の色いよよ 深くなりつつ

君死にしよりまる一年になるといふ 五月はじめに 君死ににかも

このみ寺は 山ゆゑ夜の しづかなる 林の中に 鷺啼きにけり

山のみ寺の ゆふぐれ見れば はつはつに 水銀いろの 港見えつも

ここのみ寺より 目したに見ゆる 唐寺の 門の甍も 暮れゆかむとす

シイボルトを中心とせるのみならずなほ洋学の源とほし

西坂を 伴天連不浄の 地といひて 言継ぎにけり 悲しくもあるか

おもほえず 長崎に来て 豊けき君がこころに 親しみにけり

長崎の いにし古ごと 明らむる 君ぞたふとき あはれたふとき