和歌と俳句

齋藤茂吉

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豊栄と いや新らしく なり成れる 国見をせすと いでましたまふ

かけまくも あやにかしこし 年古れる 長崎のうみに 御艦はてたまふ

百千代と 祝ぎてとどろく 大砲に 応へとよもす 春の群山

み民等の 祝ぎて呼ぶこゑ とりよろふ 港の天に とほらざらめや

港をよろふ 山の若葉に 光さし あはれ静かなる このゆく春や

長崎は 石だたみ道 ヴエネチアの 古りにし小路の ごととこそきけ

おのづから きこゆる音の すがしさよ 春の山より ながれくる水

はりつめて 事に従はむと 思へども あはれこのごろは 痛々しかり

よわよわと 幽かなりとも はからひの 濁りあらすな われの世過に

こほろぎの 鳴けるひと夜の 歌がたり 乱れたるこころ しましなごみぬ

長崎に来てよりあはれなる歌なきを われにな問ひそ 寂しきものを

白たへの さるすべりの花 散りをりて 仏の寺の 日の光はや

中町の 天主堂の鐘 ちかく聞き 二たびの夏 過ぎむとすらし

ヘンドリク・ドウフの妻は 長崎の婦にて すなはち道富丈吉生みき

浦上天主堂 無元罪サンタマリアの殿堂 あるひは単純に 御堂とぞいふ

外国より わたり来れる 霊父らも 「昼夜勤労」ここにみまかりぬ

長崎の 港の岸に 浮かばしめし ドイツ潜航艇に われ出入りつ

四海楼に 陳玉といふ をとめ居り よくよく今日も 見つつかへり来

猶太紀元五千六百八十年 その新年のけふに会へりき

満州より ここに来れる 若者は 叫びて泣くも 卓にすがりて

長崎の 商人としてゐる LessnetもCohnも 耀く法服を著つ

阿蘭陀の 商人たちは 自らの 生業のために これを遺しき

あはれなる 物語さへ ありけむを 人は過ぎつつ よすがだになし

われは見つ 肥前平戸の 年ふりし 神楽の舞を 海わたり来て

巡業に 来ゐる出羽嶽 わが家に チャンポン食ひぬ 不足もいはず