和歌と俳句

齋藤茂吉

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くもり日の 川にそひつつ 歩み居り 岩根沢口に 近づくらしも

むらがれる ものの寂しさと おもはむか 一谷に鳴く ひぐらしのこゑ

寒河江川の 水上とほく 来にけむと 折々おもふ 旅にしあれば

尾長鳥 道のべの木に 飛び交へり あはれ美しと 吾はおもへる

淡々しき ものとおもへど 山中に こもらふ如く 夏蕎麦の畑

ほどちかき 森の中より 聞こえくる 鶫のこゑを わが子に教ふ

一山の たをりめぐれば 源を 異にせる沢の 音は聞こえぬ

まなしたの 木立をくらみ たぎちゐる 川の白浪 たまたまに見ゆ

午飯を 此処に済ますと 唐辛子の 咽ひびくまで 辛きを食ひぬ

窓そとを 見つつし居れば 田の中に 浮く青き藻に 雨ふりやまず

今日ひと日 岩根沢口に 過ごしたり 山杜鵑 まぢかく飛びて

午過ぎに はやも宿かり 親しみて 油揚げ餅 食ひつつ居たり

月山の 登山ぐちに 草鞋ぬぎ 雨一日降り 夕ぐれにけり

夏ふけし 山のやどりは 電燈に 螢飛びくるも 心しづけく

いにしへは 諸国千人 この宿に 溢れしことを 物語りけり

家のまへの 田のなかに降る 雨見つつ 雷くだり行く 音を聞き居り

夜も啼く 山ほととぎす 我が子にも 教へなどして 眠りに入りつ

山のやどの 堅き布団に 身をすぼめ 朝の空を 気にしつつ居り

あかつきに 近づきゆきて ほととぎす 啼き透れども 多くは啼かず

目のまへの 山には深き 霧ながら こころこほしき 朝ほととぎす

高山に 霧のせまりて くるさまを 吾が子はときに 立ちどまり見つ

はしばみの 実をまだ若み 道すがら 取りて食へども その味無しも