和歌と俳句

齋藤茂吉

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最上川 水かさまさりて けふもかも わがゆく汽車の 方よりながる

うつせみの わが身に近く 最上川の 川面ひくし みなぎり流る

最上川に そそぐ川あり 一処 ひろびろとして 濁り浪たつ

にごりつつ 豊けき川の 渦の上に 白きうたかた 暫しつゆたふ

古口の ほとりを過ぎて まのあたり 親しくもあるか 夏の最上川

けふの日も ひむがし吹きて 最上がは 空にほとばしり 浪たちわたる

いかづちの うごきゆくさまを 子に見しむ ひみがしの方に すでにうつろふ

雪谿に あかき蜻蛉は 死にてをり ひとつふたつに あらぬ寂びしさ

黒百合を 掘りつつゆけば 山はらに われの肌は 冷えにけるかも

霧うごく 谿をゆきつつ ひとときは 月あかき山を わがおもひけり

月山の いただき今し かくろひて 氷の谿に 雨ふりにけり

ふりさけて 峠を見れば うつせみは 低きに拠りて 山を越えにき

ひとときに 雨すぎしかば 赭くなりて 高野の山に 水おちたぎつ

紀の川の 流かくろふ ころほひに 槙立つ山に 雲ぞうごける

高野山 あかつきがたの 鉾杉に 狭霧は立ちぬ 秋といはぬに

三成が 悲母の菩提の ねがひもて ここにのぼり来し 時をしぞおもふ

秋づきし あまつ光か 目のもとの 苔を照らして かげりゆくらし

おく谿は ここにもありて あかあかと 高野の山に 月照りにけり

白雲の おしてうごける 鉾杉の 木の下闇に しづくは落ちつ

空海の 四十二歳の 像こそ 見欲しかりけれ 年ふりにけり

紀伊のくに 高野の山を とりよろふ 群山のうへに ゐる雲もなし

ここに啼く 鳥こぞふれば 幾つ居む 山の中こそ あはれなりけれ

紀伊のくに 高野の山の 月あかし しづむ光を 見つつ寝にける

われひとり 歩み来りて おもほえず この山谷に 鳥さはに啼く