和歌と俳句

齋藤茂吉

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東より 朝あけわたる ほのひかり いよいよ山に 登りてゆくも

ほほの木の 実はじめて見たる 少年に 暫しは足を とどめて見しむ

ぶなの実の おちゐる道を 踏みながら やうやく明けし 峡にかかりぬ

山谷に あやしく鳴ける 蝉のこゑ 妙見蝉と いひ伝へける

般若坊清水にたどりつき 汗あえし 顔も眼も 浸してあらふ

宿いでて 二里半あるき 立石沢 流れに著きぬ さ霧の中を

山ふかく 入りつつ来り 驚くべし 谿に生ふる草の 秀でたるさま

この谷の 空にこもりて にぶきこゑ 鋭きこゑの もろ鳥啼くも

水芭蕉 山煙草など いふものを わが子の茂太も われも見てをり

行人清水は 道より流れ 折戸沢 流水は谿の 水にぞありける

雷の火に 燃え倒れたる 太樹をも 少年は見たり この山に来て

からす川といふ名をもち 山そこに 寂しき川は 流れてゆくも

烏川 谿をながれぬ 下りたちて きよき川原に 飯くひにけり

わが家より 持ちて来りし 胡瓜漬を 互に食ひぬ 渓の川原に

その行方 ひんがし北へ からす川 音は寂しく 流れけるかな

小屋見れば 兎の足が 六十余りあり 冬に来りて 狩せるらしも

渓にしぶく 夏の雨強み 油紙 体にまとひ 歩みを止めつ

月山の 山の腹より 湧きいづる 水は豊けし 胡瓜を浸す

月山の 山腹にして 雪解水 いきほひながる あひ響くおと

しづかなる 心になりて 音ごもる 氷の谷を 上りゆきつも