和歌と俳句

齋藤茂吉

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風音が 下の方より きこえくる この山のうへの 現身われは

紅きなりて 傾きそむる あまつ日を 戦てらしし 光とおもはむ

戦の 激しさも既 超えはてて 一かたまりに 迫りゆきにし

風さむき この山の上に 吾ありて 君と去りかねき 日のしづむまで

今の世の 人も見たりき 後の世の 人も見らぬぞ 永久に偲びて

ここに立ちて ふりさくる旅順の 山山は おほどかにして 涙しながる

二百零三高地なる 石の上に 三人は居りぬ 日はおちゆきて

この塔に 身は近よりて いくそたび ものをぞおもふ 白きこの塔

眼のまへの 櫻の木々も かくのごと 大きくなりて 秋落葉すも

一たびを 旅順に来なば おもはなむ 命をかけし もののみなるを

導きし 友の二人と たづさはり 鶉めづらしむ 寒きゆふべに

金州の 駅に著きぬれば 日本語にて 林檎を売れり 支那の小孩

此処にして 見ゆるなべての 山々に 木なかりし頃ぞ その戦は

フオーク軍の 散兵壕の あとに立ち 見さくる時に わがこころ燃ゆ

暁より 日の暮るるまで せまりつつ 二千の兵は ここに果てたり

金州湾を 吹き来る冬の 風をいたみ われの体も ときどき震ふ

劇しかりし その戦の あとどころ 冬の深まむ 小鳥のこゑす

この山の かげにかたまる 露西亜墓地 女の墓も ここにあるらし

おのづから 南扇嶋の 名に負へる この低山を 今くだるなり