和歌と俳句

齋藤茂吉

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甜草崗に 日は暮れむとす 隣室より フランス語聞こゆ 男の声のみ

蒙古包の 一部が見ゆる のみにして 人の音なき ところとなりぬ

夜の三時半 窗の外に 黒き森 見えつつ森に 雪ふりつもる

大きなる 巌見えしと おもふばかりに 隧道となり ながしながし

興安を 螺旋の形に 登りゆく ここに闢特拉の 隧道ありて

やうやくに 興安の嶺の つづきなる 起伏がありて 夜は明けむとす

数駅を 通過すらしき 気配なしりが 平野にうつりたるべし

牙克石に著けば 雪降りて居り 山の中の 博克図駅も 遥かになりて

平原に ある雪山は おのづから 白き石等を 見るにし似たり

山東の 土民百万 年々に 移動し来れど いづこに居るや

雪ふりし 一夜は明けて 見るかぎり 渺漠としたるところにも 川あるらしも

曇のなかに 憂鬱に白き 太陽見ゆ 興安嶺を 過ぎて走れば

雪しろく 降りたる山の ごときもの とりとめのなき 平野にひとつ

札羅木特に 十本あまりの 松の樹が 見えたるのみに 心親しも

哈克すぎて 向へる方は 茫々と 雪の曇りの 涯さへ見えず

朝たくれば 海拉爾に汽車 著きにけり 露支戦のあと 累々として

眼のまへに 怪しきまでに 見えそめつ 雪降りて白くなりたる 沙丘ひとつ 

野のうへに 川の流の ごときもの 見ゆるがなべて 凍りつらむか

おき伏せる 山もあらなく 降る雪は このひろき野に 多くは降らず

まばらなる 松の樹が見ゆ 北国の かかるところに 松の樹あはれ