和歌と俳句

齋藤茂吉

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冬の日は 隈なけれども 飲馬河の 水も氷りぬ 北へながれむ

東へ 吾等むかへば 雪ふりて 吉林省の 山は見えそむ

飲馬河も 遥かになれど 水おほき 国へ入るらむ 心は著し

下九台 既に過ぎつつ 山の間の 狭きに家居し 畑さへも見ゆ

眼界は すでに清けく ひくき山 幾つつらなる 雪降りにつつ

乾草を 山のごとくに 積みたりき 家のめぐりの 防禦のごとく

親しみて ながるる水を 見たりしが 二たび山は 遠くなりつも

やうやくの 心しづかに 黒き豚 畑に遊ぶを 見るべくなりぬ

吉林に 入りても海拉爾の 野のごとく 野の上に孤独なる ひとつ山あり

禾本科の 一つなれかも 枯れはてし 枯草うごく 雪のうへにて

しばしなる 点景にして 鵲の 巣にも雪見ゆ 雛は居なくに

村近く 川のながるる ところあり 農夫の一人が 白き馬に乗り来

土們嶺より 山地帯となり わが汽車は 伐木したる 峡を過ぎゐる

永き日の 春日となれば この山の 峡にも杏の 花にほふとぞ

隧道の ながきが果てて 山べなる 日向といへど 雪はつもれり

大きなる 河ながれゐて 国土に 降りつもりたる 雪かがやきぬ

昨日の夜に ふぶきしものか 此山の 一方にして 雪ぞたまれる