和歌と俳句

齋藤茂吉

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雪ぐもは 西へ動きて 蒼白き 日の光つひに 隠れて見えず

雪ふりて ただに虚しく 見えわたる 此ひろき野を 通ふものあり

海拉爾を 過ぎて幾時か 野の上に 雪の少き 処も見ゆる

降る雪は 大きくなりて 日本の 春の泡雪に 相あへるごと

丘の上に 小さき墓地見ゆ 異国と いへどもなべて 心にし沁む

点在する 家見え 乾草を かこへるが見え 露西亜人ゆく

興安の 山なみ近く 来れるか ものものしくも 曇る空あり

きびしくも 雪の降りたる 山越えて 馬車はいづこへ 行かむとすらむ

牙克石に 日は暮れむとして 野のはてに 灯火が見ゆ 瞬く灯火

伊列克得を 過ぎてより山の 起伏に 月あかり差す その奥の山

午後八時 興安に著き 暫しして 隧道くぐる 特殊なるおと

興安の 山脈つづき 通り来て 興安嶺を 月は照らせり

土に即きて 低きともし火 時により 瞬くごとし 見らく寂しく

野のはてに ともしび並ぶ さびしさよ 一線にして 高き低きなし

雪降れる 冬野を照らす 月かげは 興安嶺の 西になりたり

汽車中に 寐むとおもひし ころほひは 国土すでに 月おちてゐき

寝台車の 中に目ざめて 現身に ありふれしはかなき 事おもおもふ

山東の 民ら年々に うつりきて ここに耕す ひくき家むら

ひむがしへ 一夜走りし 車房より 見ゆる哈爾濱の 空のあかるさ

黄に澄める 地平の上の 空ほそく その上部なる 雪曇空

哈爾濱の あたりの空は 黄にあかり 雪降りし野に 鵲くだる

時のまに 心にあれど 枯原に 小さき鳥は むらがりておつ

ハルピンに 間もなく著くか 松花江へ そそぐ川見ゆ 氷りわたりて

その半 凍りつきつつ 松花江の 濁れるみづに 浪たちわたる