和歌と俳句

齋藤茂吉

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

試験にて 苦しむさまを ありありと 年老いて夢に 見るはかなしも

夜もおそく 試験のために 心きほひて 明治末期を 経つつ来りき

今しがた 試験に苦しみし 夢を見つ 夢より覚めて われは悲しむ

うつつなる 身としいへども 夜いねば 年老いゆきて かかる夢見つ

おそひ来し はやりかぜにて 長崎に 死にせるひとを おもひいでつも

天井に 鼠の走る 音きけば 紙のたぐひを 運べるらしも

異国の 旅よりかへり 旅のこと かたづかなくに われは病み臥す

蒙古野に 降りたる雪に 触るるなす 雲をおもひて 病み臥すわれは

風癒えて われの見てゐる 目のまへの 土よりひくく かぎろひの立つ

時のまの ありのままなる 楽しみか 畳のうへに われは背のびす

春の雨 ひねもす降れば 石かげに かすかになりて 残る雪あり

むかひ居て 朝飯をくふ 少年は 声がはりして 来れるらしき

かかる風を 春嵐とぞ いひなれて 歌を作りき いにしへゆ今に

ちちははが 幾たび話し たまひける ほとけの寺に われは来にけり

きさらぎは いまだも寒し 雪のまに はつかに見ゆる 砂は氷りぬ

瑞巌寺 まうでてくれば 氷りつつ 春のはだれは 残りけるかも

降りつみし 雪より見ゆる 牡丹にぞ 大きくれなゐの 花はひらかむ

きさらぎの はだれのうへに 見つつゆく 杉の青き葉 おちてゐたるを

雪に立てる 南蛮鉄の 燈籠を わきて尊ぶ いとまなかりき

政宗の 二十七歳の 像を見つ よろひたる身に われは親しむ