和歌と俳句

齋藤茂吉

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山風に 木々の靡きは しづまらず のぼりつつゐる 那須山道に

あしびきの 晴れとほりたる 山ゆけど 吾はしはぶく 人に後れて

一山を たえずあゆみて 越えしかば 心がなしき 平見えそむ

おのづから のぼりつつあるか 東の 常陸の山に 雲しづむ見ゆ

青山を 吹きとほりくる 風強し 石かげとめて 身をかがめ居り

しげ山の そがひの道を のぼりつつ 夏山風の 吹かぬ間もなし

あまのはら ひろらになれば 片ざまに 盛りあがりたる 青谿の見ゆ

山蕗は 手の折るときに 香にたちて 道のひとところ 生ひしげり居り

雨あとの 水のたまりは 残りをり 水草に似し 草も生ひつつ

那須山に のぼらむとする 山道に 笹竹の子を 摘むこともあり

もろ木々は 白く立枯れ 山腹の 草は青めど ただに目につく

日のひかり 足もとの土に 沁むごとし 風衰ふる 一山かげに

いただきに 夏の来むかふ 那須山に のぼり来りて 大き谿見つ

あしびきの 山のうへには けふもかも 硫黄いぶきて しづむ時なき

西北の 道をめぐりて まながひに 直ぐ見えたるは 赤くただれし山

中空は 晴れわたりつつ 一いろに 狭霧は籠めぬ 会津ざかひは

やまがはの 水のながれと なりゆかむ 源のさま 相見つるかも

うつしみの 息づきながら 硫黄ふく 山をわたりて 幾時なるか

山もとの 硫黄あつむる ところにも いまだ吹きやまぬ 谷おろしの風

米つけて 山のぼりゆく 馬のあり 三斗小屋まで行くといひつつ

那須山の 空あひにして 虹ひくく 立ちてゐにけり 低きその虹

土橇にて 硫黄を運ぶ なりはひを 山行きしかば きのふもけふも見つ

夏に入りし 那須の峡ゆき いま採れる 笹竹の子を 買はむとおもひぬ

那須山の 山のはざまに 牛ゐるは 食物負ふなり 働くひとのため

那須山を 越えし雷は 時もおかず 国の平に うごきゆく見ゆ

赤きくも 空にたなびき 利根川の 水にうつろふ さまも一時