和歌と俳句

齋藤茂吉

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いただきを 少し下りて 雪は見ゆ あはれになりて 消えのこりけり

もえいでて まだやはらかく うごきゐる 楢の木立に けふぞ雨降る

はやはやも なきそめぬ 楢原の しげきが中に あやしく鳴けり

下野の 那須のこほりに むらがりて つつじ咲きにほふ 心かなしも

家いでて 我はなほ来し 若葉せる 楢山道に 雨ふりそそぐ

もの負ひて 白河越を したりける 男女の いにしへおもほゆ

あまのはらに けさふりさくる 那須山の 五つの山は 青みわたれり

身に迫めてくる悔恨も おもほえず しばし入りけり 楢わかば山

たまぼこの 道のうへより いつ見ても 谿の青きが 湧きたつ如し

目のまへを 鶯啼きて わたる見ゆ 山にわが居れば かく楽しめり

おきふして 青みわたれる 下野の 国のはたては 岩代のくに

高原に つつじ群れ咲く 日のひかり 雲雀のこゑは みぎりひだりに

みづ楢の 葉のひるがへる 一日だに 木原のなかに こもりて居らな

雨はれて きのふもけふも 青みける 高原わたり 風のふく音

きのふまで きびしく閉ぢて 見えざりし 常陸ざかひの 雲はれにけり

一谷を わたりてくれば 那須嶽は 大きくなりぬ 立つけむり見ゆ

那須嶽の 雨は晴れつつ 曇る日を 殺生石に 死ぬを見し

常陸の山 岩代の山の はたてまで さやらふものもなき けさのあさけ

ひとり来し 身にしむばかり 朴の花 白く散りつつ 山のとかげは

夏山を おほへる雨の うつろへば 山のかげより 雲のいでくる

幾とせぶりにてあるか つつじ花 にほへる山に 君とあひ見し