和歌と俳句

齋藤茂吉

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まぢかくの 雪の中より 水わきて 流るる音す 立ちてし来れば

瑞巌寺の うらの園生に 雪しろし 幾たびも積みし 雪とおもほゆ

政宗の 追腹きりし 侍に 少年らしき ものは居らじか

海を吹く 風をいたみと さかさまに 杉の葉ちりぬ 春の斑雪に

みちのくの 瑞巌禅寺の ほとりにて 杉葉もやしし 跡ぞ残れる

しづかなる み寺といへど 封建の 代の悲しみの 過去を伝へし

もえいでし 草うごかして 山原に 雪解のみづの さかまきながる

さわらびの 萌えいづる山に うつせみの 命足りつつ 老いゆきにけり

富人と 貧しき人の あらそひも 天保の代の ごとからなくに

そのかみに 陸奥人の 飢ゑ死にし ことしもぞ思ふ 稲の萌え見て

みちのくの 蔵王の山に 斑雪 いまだ残ると 人ぞ告げこし

つぎつぎに 風邪を引きたる 穉児の 癒えゆくときぞ 楽しかりける

春ふけし 銀座の夜に をとめらの 豊けき見つつ われ老いむとす

みちのくの はたらきびとも 日もすがら 遂にいそしみ 貧しかりてふ

うつせみの 目ざむばかりに くれなゐの 牡丹ひらきて 春ゆかむとす

納豆の 餅くはむと みちのくの 県をさして われはゆくなり

山形の あがたに入れば おしなべて 奥山の上に 雪は白しも

こころよき 日に逢へるかも 百穂の 君の赤丹頬に 相むかひ居て

きさらぎの 雪のはだれを 行きつつぞ 寂しかりにし 人をおもはむ

一年に ひとたび集ふ 友らすら 少なくなりて 時は経ゆかむ