和歌と俳句

齋藤茂吉

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みちのくの 秋ぐもみれば おしなべて 高山の背に うごくこのごろ

南より うつろふ雲は 中ぞらに わきて疾しと われはおもへり

みちのくの 山は親しも もみぢばの すでにうつろふ ころとしなりて

ひむがしの 蔵王の山は 見つれども きのふもけふも 雲さだめなき

降りつぎし 雨は晴れむと ひかりさす 最上山脈 けふ見つるかも

みづくさの 青々とせし 巌より おちたぎつ水に まなこをぞあらふ

谿みづの ほそきながれに むらがりて 黒きもの生く やまずうごきて

ながれゆく 山みづのおと 聴くわれは 心は空し 咳しづまりぬ

谿ふかく おりて来にけり 杉の葉の うづみし下を くぐる山みづ

ひぐらしの 声も絶えたる みちのくの 沢をくだりて 日向にいでぬ

谿底は しがしかりけり くだり来て 水の香のする 水際に立ちつ

雲はれし 秋もまだきの 谿そこに つめたき風が しばし吹きたる

栗のいが まだ青くして 落ちてゐる 谿間の道を しづかにくだる

はしげみの 青きを捩ぎて 食はむとす 山火事の火に 焼けざりし沢

草なかに いろ青くして ひそまりし ばつたは飛びぬ 秋の日向に

いそがしく 早稲田かる人 すこし居て しづかなる日の 光とぞおもふ

杉のあぶら 垂りて紅きを かなしみし みちのくの山を われはくだりぬ

朝ぐもの あかあかとして たなびける 蔵王の山は 見とも飽かめや

低山並 ひとたび越えて 置賜の 平にいづる こころ親しも

おのづから 平せまりて 置賜を なみよろふ山に 汽車ちかづけり