中村憲吉

暑き日の日暮れとなればうら悲し倉かげに行きて物を思ふも

若やげる我が夏影も年ごとに衰へ行けば夏のかなしも

このゆふべ盂蘭盆燈籠のいくつかを張りかへてひとり儚かりけり

眼ぎらふ夏野のなかの遠きみづ巨椋の池は霞みたり見ゆ

弟妹等をつれて来れば愛しき墓の立木に茅蜩啼くも

ほのぼのと生命の意識目ざめたるゆふ桑道に青の漂ひ

愛しくも握りしめたる玉蜀黍の幹のふくらみに稚き實こもり

玉蜀黍の葉腋にのびし紅き毛のはぢらひ勝ちに思ひたりけり

みちみちの山の樹の間の榛紅葉はやわが心もえ居たるかも

ゆふ庭に榠櫨のにほひ熟れゐたり君によりつつ然か思ひたり

大き家にひとり留守ゐる昼の雨ぬれゆく庭に鳳仙花あはれ

鳳仙花土にくはしく散りゐたり下ごもりたる葉の蔭の廻りに

鳳仙花葉立ちみだれて赤き花わが恋ひごころすぞろなるかも

爪ぐれの雨にまかせてかく散りて蓋しやかれが忘れたるらむ

わかれ居てはわが安からぬ心かな爪ぐれの赤き土をば踏みて

慎みつつ恋ふればあたら爪ぐれの余所見の間だに散らずと云はむや

茎のびし鳳仙花みれば丹づらふ我妹に見えて茎の愛しも

はつはつも未だ触れねど爪紅のゑまひを見する人のかなしさ

爪ぐれは乙女のごとく首垂れて露ひかる眼をしのばしめたり

鳳仙花あまりに赤く地に見えてちりぢり散るは我が嫉みなり

恋しければ吾まちがたし爪ぐれの雨に堪へつつ秋待ちがたし

鳳仙花ほろほろと散るかくのごとたやすく散りて身をまかすかや

松の間に愁さりけり赤き宮たかく光りて見えそめぬれば

ひつそりと丹塗りの宮のなか庭に時節の蜜柑の熟れて明しも

長谷寺の庫裡のゆふべに物問へば発育のよき乙女が居たり

和歌と俳句

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