ボンタンの枝ひくければ黄金だまあらしの雨に泥はなにけり
手水鉢に雨水満てばおのづからボンタンの實が浸るべくあり
あをあをし椿の垣にボンタンの實が埋もれて大きく明し
月清し廣麻畑のふかみより人語り行くこゑぞきこゆる
かぜ吹けば三次麻野の千葉ゆらぎ葉うらが白く立つ浪のごとし
麻が香をゆたかに含める朝霧を胸うち開けて飽かず吸ふかも
霧ふかく濡れたる麻の畑よりいささ朝かぜかをり高しも
新芽立つ谷間あさけれ大佛にゆふさりきたる眉間のひかり
夕まぐれ我にうな伏す大佛は息におもたし眉間の光
暮れそむる浅山かげに大佛の膚肌はあをく明からむとす
大佛の乳見そむれば松の間が眼にわづらはし松葉こまかに
大佛の肩のうしろにおのづから浅き夕山沈みたる見ゆ
ゆふ月の赤くながるる谷つべに奇しき今宵の露佛のひかり
月あかく谷にのぼりぬ大佛の慈顔の横を匂はさまくは
このゆふべ月をやさしみ去りがてね赤く照りたるほとけの谷に
恋ひしけば月さへ赤く身に匂へこの世に二度と生れて来むや
赤き月谷に梟の啼きやめば思ひわが入るうつし身のなく
はしけやし葉山茂やま日のひかる海に迫りて夏ならむとす
磯べには黄ばめる麦へ藻の香吹きゆたかに吹きて夏ならむとす
新みどり濃き谷底の一枚田このゆふかげに田植ゑゐる見ゆ
夏さらば木ぬれも繁に松雀らがじつと隠りて鳴く日多からむ
松の芽の匂ひに生るるこの浦の蛍も見ずてわが去らむとす
砂のいへに夕あさりゐる鳶のむれ間なく時なく浪しぶき居る
岩にゐる鳶のいかりに南かぜながく吹きつつ海は青しも
夕ちかき濱に人ゐず立ちいでて南のかぜを怡びにけり