中村憲吉

筆おきて我がしづまれり店の間に雨くらくなりて蛙きこゆる

めづらしく庭に鳴けるは背戸川のかはづがのぼり樹に鳴けるらむ

梅雨の日は部屋のくらきぞ寂しけれ書きたる文を巻きてわが居り

ゆふさめの寒からぬほどは石にふり濡れそぼちゆく鶏頭のはな

砌よりこほろぎ鳴けり夕雨にやややや濡れし鶏頭のはな

秋のあめ外暮れがたみ行く人の傘のうへにはまだ明りあり

端居よりとほく見ゆる倉間のコスモスの搖れ秋づきにけり

夕雨につぶさに濡れし裏山の木ぬれの黄葉眼に染みにけり

眼にとめて吾も寂しき日暮れがた刈田のうへに穂をひろふ見ゆ

ひむがしの山田のいろの秋づけば西山のもとにふかく鳴る河

夏山をめぐりつかれて日暮れがた となりの國の出雲へくだる

夕焼の雲のくらめば暴れぬべみ峡の四方山ざわめき立ちぬ

格子より透ける道路の夕あかり雨しらじらとほとばしり見ゆ

暴風雨より拾ひてきたる濡れ梨を家人よりて喰むにかなしも

洋燈の心をくらめて起き居れば戸に吹きつくるいたき雨かも

家うごく暴風雨にきけばはたや鳴きはたや鳴き止むこほろぎの声

朝庭は吹き荒れてありはるかなる山の木の葉の散りまじりたる

こまごまと向うの家の軒瓦ぬれて降りゐる霧が眼にみゆ

竃土端にこほろぎの声満ちにけり長夜の家にひと覚めざらむ

このごろの竃土にこほろぎの声しげし裏の川の音と聞きてあやまる

朝よりの時雨にかはる日照雨をりをり明るむ目のまへの倉

大きなる声ひとつだに挙げずして心さみしき秋は過ぎにき

水車小舎夜目にほのけき壁のうちは絶えずかなしき杵の音かも

雪山よかぜ吹きつげり凍りたる川瀬の岸のいく朝とけず

樋のうへに重たくめぐる水ぐるま沫ことごとく朝は凍れる

和歌と俳句

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