芥川龍之介
秋風に吹かれて消えぬ昼花火
松風の中を行きけり墓参人
花芒払つて高し海の雲
山蔦に朝露すべる葉数かな
水墨の秋三竿の竹に見よ
雁の声落ちて芋の葉戦ぎけり
雁啼くや燈火洩るる船に蘆
雁啼くや提灯下げて粟畠
雁百羽くの字に立つて月出づる
月欠けてさかさに落す雁一羽
芒刈つて片岡広し雁渡る
唐黍の先に夕日や雁渡る
わが庵の上啼き渡れ月の雁
雁啼くや軒に干したる薄荷草
月の出や雁落ちかかる佃島
何となく墓をめぐるや墓参人
きりぎりすばさと来りし燈籠かな
浅草の雨夜明りや雁の棹
雁の棹傾く空や昼花火
ふるさとを思ふ病に暑き秋
黒く熟るる実に露霜やだまり鳥
秋風や水干し足らぬ木綿糸
菊の酒くむや白衣は王摩詰
見かへるや麓の村は菊日和
ぢりぢりと向日葵枯るる残暑かな
稲妻にあやかし船の帆や見えし
檣に瑠璃燈懸けよ海の秋
身熱のうつらうつらと夜長かな
秋蚊帳の中に咳する病者かな
氷嚢や秋の氷のゆるる音
頓服の新薬白し今朝の秋
秋立てばまづ咳をする病者かな
秋の空後架の窓に竹二本
孟竹の一竿高し秋動く
一鉤の月に一羽の雁落ちぬ
松二本芒一むら曼珠沙華
空に知る海のけはひや花芒
睫きもせぬに鬼気あり菊人形
松二本出水に枯れて曼珠沙華
今朝秋や寝癖も寒き歯のきしみ