和歌と俳句

夏目漱石

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病癒えず蹲る夜の野分かな

つるんだる蜻蛉飛ぶなり水の上

風呂に入れば裏の山より初嵐

堅きに鈍き刃物を添てけり

馬の子と牛の子と居る野菊かな

温泉湧く谷の底より初嵐

重ぬべき単衣も持たず肌寒し

山里や今宵秋立つ水の音

鶏頭の色づかであり温泉の流

草山に馬放ちけり秋の空

囲ひあらで湯槽に逼る狭霧かな

湯槽から四方を見るや稲の花

遣水の音たのもしや女郎花

帰らんとして帰らぬ様や濡燕

北側は杉の木立や秋の山

終日や尾の上離れぬ秋の雲

痩せて辛くもあらず温泉の流

白萩の露をこぼすや温泉の流

草刈の籃の中より野菊かな

白露や研ぎすましたる鎌の色

葉鶏頭団子の串を削りけり

秋の川真白な石を拾ひけり

秋雨や杉の枯葉をくべる音

秋雨や蕎麦をゆでたる湯の臭ひ

朝寒み白木の宮に詣でけり

秋風や梵字を刻す五輪塔

鳥も飛ばず二百十日の鳴子かな

灰に濡れて立つや薄と萩の中

行けど萩行けど薄の原広し

野菊一輪手帳の中に挟みけり

路岐して何れか是なるわれもかう

七夕の女竹を伐るや裏の藪

顔洗ふ盥に立つや秋の影

柄杓もて水瓶洗ふ音や秋

釣瓶きれて井戸を覗くや今朝の秋

喪を秘して軍を返すや星月夜

秋暑し癒なんとして胃の病

秋茄子髭ある人に嫁ぎけり

初秋の隣に住むや池の坊

荒壁に軸落ちつかず秋の風

唐茄子の蔓の長さよ隣から

時くれば燕もやがて帰るなり

秋立つや萩のうねりのやや長く

いかめしき門を這入れば蕎麦の花

粟みのる畠を借して敷地なり

松を出てまばゆくぞあるの原

韋編断えて夜寒の倉に束ねたる

秋はふみ吾に天下の志

頓首して新酒門内に許されず

肌寒と申し襦袢の贈物