和歌と俳句

夏目漱石

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

瀑五段一段毎の紅葉かな

秋の山いでや動けと瀑の音

霧晴るる瀑は次第に現るる

大滝を北へ落すや秋の山

長き夜を我のみ滝の噂さ哉

唐黍を干すや谷間の一軒家

名月や故郷遠き影法師

菊の香や故郷遠き国ながら

旅に病んで恵まるる夕哉

行秋や消えなんとして残る雲

に射ん的は栴檀弦走り

影参差松三本の月夜哉

野分して朝鳥早く立ちけらし

曼珠沙花あつけらかんと道の端

十月のしぐれて文も参らせず

うかうかと我門過る月夜かな

手をやらぬ朝貌のびて哀なり

唐茄子と名にうたはれてゆがみけり

初秋の千本の松動きけり

鹹はゆきにぬれたる鳥居

秋立つや千早古る世の杉ありて

反橋の小さく見ゆる芙蓉

古りけりな道風の額秋の風

立つや残る事五十

温泉の町や踊ると見えてさんざめく

ひやひやと雲が来る也温泉の二階

玉か石か瓦かあるは秋風

枕辺や星別れんとする晨

稲妻に行手の見えぬ廣野かな

秋風の寺々鐘を撞く

廻廊の柱の影や海の

明月や丸きは僧の影法師

酒なくて詩なくての静かさよ

明月や浪華に住んで橋多し

引かで鳴る夜の鳴子の淋しさよ

無性なる案山子朽ちけり立ちながら

打てばひびく百戸余りの

鮎渋ぬ降り込められし山里に

白壁や北に向ひて桐一葉

柳ちりて長安は秋の都かな

垂れかかる静かなり背戸の川

蘭の香や聖教帖を習はんか

後に鳴き又先に鳴きかな

窓をあけて君に見せうず菊の花

世は貧し夕日破垣烏瓜

鶏頭や代官殿に御意得たし

長けれど何の糸瓜とさがりけり

禅寺や芭蕉葉上愁雨なし

無雑作に蔦這上る厠かな

仏には白菊をこそ参らせん