春の日の輝くものとやや近くやや遠く居て病するかな
隣なる不開の門の裏見つつ二階に病めばうぐひすの啼く
みづからの病むことをのみ思ふ日は心安しと君に洩せし
死ぬことを温泉に行き浸るごと思ふと子等に告げて笑ひぬ
かりそめに容貌おとろへたらんなど思はぬきはの病となりぬ
風となり雲となりはた水となる自在を得べきわがいく日後
死にてのち忘られざらん思ひ出でよかく願ふ人日に変り行く
なげくこと多かりしかど死ぬきはに子を思ふことよろづにまさる
こころよく小ごめ桜が銀を延ぶ夕の月に朝のひかりに
春の夢ながく醒めざる人なれば四月の後も花を思へり
春風に青き柳のうごく時生くるかひあるここちこそすれ
そのゆふべ洗ひし髪も乾きぬとひとりごつ日の幾日つづくぞ
衰ふるものも美くし三十路をばうしろに白き山ざくら散る
うら淋し雨だれほどのひまおきて桜ちるなり今日を初めに
五月雨の来てむせぶなり清水の音羽の山の石のきざはし
咲き散るを心に任すもののごと我れ思ふなり初夏の花
鋏もて稚児の爪をば切る母のあなあやふやと思ふ初夏
日輪の光のごとき黄菅をばくろ馬の食む快きおと
二尺ほどわれより低きかきつばた菖蒲の花ももろともに待つ
初夏の空の光に従ひて恋のこころの花さうび咲く
いと深く君思ふとき降り止みて更に零るる初夏の雨
夏の花吐息のごとく匂ひくるたそがれまへの広き家かな
朝風や鸚鵡の鳥に似る牡丹草分けて切る小き牡丹
木の花のうす紅をして猶にほふ中をいみじき五月風吹く
柳濃くなりぬ御堂の大徳も舞姫たちも袷着てより