北原白秋

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人みなが われをよろしと 云ふ時は さすがにうれしゑ 心をどりて

人みなが われをわろしと 云ふ時は さうがにさぶしゑ 心ぼそくて

菅の根の 永き春日に 鳴く鳥の 鶯色ぞ われの財布は

なつかしき 人がたびたる 革財布 あはれなる金 かきあつめ寝む

現身の 人の日ごとに 取り馴れて 食ぶる飯を 我も食ぶる

おのもおのも 食べなれつつ 米の飯を うましとも思はね 飽かず食べつつ

おもしろき 事いふものか 米の飯 己が嬬のごとも いよよ良しちふ

人の世の 味ひふるき 米の飯 飽かず食せばか 我寂びにけり

とり立てて うましともなけれ 米の飯 いよよ噛みしめて いよよ知るべし

粕漬の 鶫幾匹 平圧しに 圧して入れつか この堅き蓋は

頭まろき はだか鶫を つぶさに見れば 腹は割かれて 小さな足が二つ

火の上に 鶫かざせば ぢりぢりと 脂たまり来 足のつけ根に

酒の粕に 漬けて来し故 この鶫 酒の香がする 焼きてくらひつ

頭より かぢりかぢれば 足が二つ 遂にのこれり はだか小鶫

青空の 山のかなたに 人住みて あぐる煙の 世にもかそけさ

狼の こゑはいとはね 住み古りて 世にわびしきは 雨漏の音

日をこめて 見れば涙も とどまらず あかあかと石に 蓮花描きてゐる

人間の 眼おどろき 見てを居り 人間の描く 紅き蓮を

生きの身の たづきなければ 蓮の花 真紅にぞ石に 描きてゐにけれ

天竺の 恒河の紅き 花はちす 仏の世より いまにかなしも

あかあかと 蓮花描くとて 描きゐたり 我も蓮花と 見てゐたりけり

石の上に 白髪かきたれ 描く蓮 丹念なれど そこばくの金

和歌と俳句