北原白秋

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わがころも 金に換へつつ あるかなき 香料つつむ 白藤の花

白藤の 垂れて愛しき 小床辺に 金かぞへ居り あるかなき金

ははそはの 母のころもは 身にあはず 父のころもを 借りてあそべる

ははそはの 母のころもは 母の香ぞする ちちのみの 父のころもは 父の香ぞする

ゆくりなく 父のころもに 手を差し入れ 涙せぐり来ぬ この父の香よ

素絹を 染めてくやしも 藍染の あゐむらさきに 染めてくやしも

蜻蛉つり 昼はさほどで 無けれども 日さへ暮るれば 涙ながるる

蜻蛉つり 蜻蛉のまろき 目の玉の やうな涙を ころげさせをる

ててつぷつぷ 弥惣次けつけと 啼く鳩の しろい鳩奴が 薄紅の足

雉子ぐるま 雉子は啼かねど 日もすがら 父母恋し 雉子の尾ぐるま

白木蓮の 花咲きたりと 話す声 何処やらにして 日の永きかな

白木蓮の 花のあたりの 枯木立 鴉とまりて 日の永きかな

薄ぐもの 春のけはひの 寂しくて きのふけふ白き 街の木蓮

白木蓮の 咲きの盛りに 燕のこゑ 微かにゆらぐ 春闌けぬらむ

白木蓮の 花のあなたに 動く煙 むらさきふかし 今日も去ぬるか

白木蓮の 花の木かげの たまり水 いつしか青き 苔の生ひにけり

遠く見て 今朝こまかなり ひしひしと 竹立てかけし 向う河岸の空

竹河岸に 寒うひびらく 音すなり 竹立てかくる 人ひとり見えて

寒々し 夜明の星に 目のさめて 竹河岸に 竹をゆさぶる人か

竹河岸に 立てかけし竹の 声寒し 細かに見れば その尖揺れて

和歌と俳句