北原白秋

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しみじみと 眼を見合わせて 親と子が 貧しかりけり 飯をひろへる

父母と ぽつりぽつりと ひろふ飯の 凍ててかたけば 茶をかけて見つ

父母の 日日のなげきも 事古りぬ さはさりながら 我の貧しさ

たださへも 術し知らぬを 貧しとて 貧しき子らに 父の噴ばす

いはれなき 父の噴びは さりながら 頭垂れゐつ 我はまずしき

もの云へば 涙ながれむ この父に なに反抗はむ 我や父の子

いはれなき 父の噴びも しかすがに 貧しければぞ 母よ泣かすな

父と この父のこの子と いかでいかで 相離るちふ 事のあらめやも

いつまでか 貧しき我ぞ 三十路経て 未だ泣かすか この生みの親を

父母の 前をまかりて しみじみと 見ほれゐにけり 空は高きを

垂乳根と 詣でに来れば 麻布やま 子供あそべり 御仏の前

垂乳根の 母にかしづき 麻布やま 詣でに来れば 童のごと

掌を合せ 母のをがます 麻布やま われもをがまな 掌をば合せて

垂乳根の 母とまゐりて 麻布やま をろがみて居れば 鳩の啼くこゑ

御仏の 御前の庭の 山ざくら 今日を盛りと にほひぬるかも

ひさびさに 母にかしづき この寺の 花見に来れば 思ふこともなし

限りなき 春と思へや 垂乳根と 永久に見る 花と思へや

春はいかに うれしかるらむ 子供らが 桜の下に 鞠投げあそぶ

鞠もちて 遊ぶ子供を 鞠もたぬ 子供見惚るる 山ざくら花

母と子と 花の木かげの 廻り道 廻りて永き 一日なりけり

母と来て 眺め見ほるる 山ざくら 春は今しか 盛りなるらむ

和歌と俳句