北原白秋

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母と子の おもざし見れば 寒き燈に すべなしばたたき よく似たりけり

吹きさらし ひびく霜夜に かきいだき 母と子はありき 温みとるとて

女童は 繁に咳き入る 寒き夜を 小糠小星も 風に冱えにき

ただにありき 爐の火かきおこし 寒からむ 温もりてよく 寝よとのみわれは

死にせりと 母が書き來し 文見れば その子か笑ひ 力なかりし

墓原に 風は吼えながら 朝わたる 月夜なりしか 白みそめにき

子にむくる 衾そだたき 一夜いねず たづきなかりけむか 人の親母は

この夜ごろ 火に立ち騒ぎ 止む間なし かぎりなく寒く 人はまづしさ

すさまじき 夜の火なりしか 墓地ぬけて 暁の霜に 身ぶるふ今は

霜いたり 空は濃青き 夜の明けに 筑波の山は くきやかに見つ

柿の蔕 黒くこごれる 枝見れば み冬はいたも 晴つづくらし

深廂 晝もをぐらき 家の内に 灯はとぼしつつ 春を待つわれは

とのぐもり 煤の氣ふかく 立ち舞へば 咽喉ゑごくして 春もくるしさ

何か花 にほふ雨間の 木のくれを 妻とし歩くゆゑはしらずも

和歌と俳句