雲とありて 月の光の 流らふる 屋の空ならし 坐りて飽かず
子等がいふ 欠くることなき 望月も 父我の眼には 二日三日の月
風に見ゆる 月の光を 涼しくは にじり出て仰げ 暗きかも木々
薄雲に ひらめく月の 光かも 風にこもあれや 我が眼過ぎぬる
月い照る かかるか黝く 厳しき 地表の皴を 我が思はなくに
山河に 輝れる今宵の 望月の 圓けき思へば 我盲ひにけり
女童の 読みとどこほり 声無きは 灯に見てかあらむ 瞳凝らすと
渡り鳥 飛ぶとふ空も 雨雲の いや降りつぎて 暗きかもただ
佐渡ケ島 雑太の庄に 目は盲ひて 干すさ莚の 粟の粒はや
啄む粟の 薄日あはれと ほうやれと 追ふ鳥すらや 眼には見なくに
短日は 盲ふる眼先に 朱の寂びし 童女像ありて 暮れてゆきにけり
夜の池に うごきて繊き 月形は かがやく箆の ゑぐれる如し
夜のふけの 冬の池水 か黒くて 深沈たるに 月映りけり
田鼠ら 硝子戸のぼり あわただし 谷地の月夜も 凍みて明きか
物欲ると 鼠つい居る 燈かげには 霜こごる夜の 微動がありぬ
夜々出づる 鼠ひとつに こだはるは 何ぞととも思へ その尾引くなり
書画箋や 鼠被ぶる 間をおきて 聴くに穏止み また引き裂きぬ
護摩壇に 鼠むらがる 夜半にして 頼豪阿闍梨 狂ひたまひき
ラヂオには 赤き翼と いふ曲の 楽すすむなり 夜ただ寒きに
冬夜さり ひとつ光れる 手に載せて 吹きて見よちふ 吹けば飛ぶ貨
鼠子は 後も見ざらし するすると 柱に消えて 夜寒なるなり