百千鳥 聴くによろしき 春山も 眺むるにしかず これの霞を
聴くになほ 匂ふ霞か 春山の わたりの野鳥 羽ぶりしじなり
そこらくは 萌ゆる端山の 藪雑木 春の鳴る瀬の かがよひにけり
盲ひむより 見る眼まされり 楽しみと ただに聴けとふ 何のなぐさめ
色に見ずも ただに聴けとふ 明らなる 両眼にして 人言ひにけり
聴くものに 春はのどけき 鑿かんな 昼の鼠の そことなきこゑ
鶯に 蛙鳴きつぐ 庭ありて 我が春日は 果なきごとし
盲ひてなほ 浄慧の人は 明らけし 面もちしろく 春を寂びてぞ
のんのんと 瞳の中に 言ふ聴けば 春昼にして 花か咲きたる
夜にまさる 黒き眼鏡の 視野にして 櫻の花は ひらきそめにし
映画には 櫻浮び出 揺れゐしが 影日向ありて 真昼なりにし
風はまだ 繁しらけ立つ 春塵に 眼洗はむ 朝とてなし
立ちにけり 空にさまよふ あるかなき 春の蚊すらも 眼は持つらしき
我が塑像 ふくらみ黒き 瞼に 夕柔らなる 春陽かぎろふ
夜行くは むしろ安けし ひと色と 見つつ馴れにし 闇の眼にして
真闇には まぎらふ光 あらなくに 瞼慧し にほひのみして
闇いとど 春夜は愛し この道の にほふかぎりを 聞きて行くがね
ガソリン・コールター・材香・沈丁と 感じ来て 春繁しもよ 暗夜行くなり
春の夜と 時計うごける アトリエは 表の闇も 光さすごとし
土移る 櫻の花に ありけらし 夜風うごきて 将たしづまりぬ
春しぐれ 夜を行く人の 間隔は けだしけはひに 濡れて知りつつ
闇ながら 戦盲い寝る 家の棟は 蛙鳴く田を のぼりきりて見ゆ
夜目にして 黒きはふかき 藤浪の しだれたりけり 隣家なるらし
物の和 沈むを聴けば 草堀の 春闌けにつつ 雨夜ひさしき