北原白秋

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

いたりける 妻なるならし ねもごろと かたへ寄りつつ この夜読みつぐ

我が二人 いたりつくらし 何くれと 言には出でね 依り合ふ思へば

聴くとして 書読ませゆく 気づまりも 妻には思はず 心隔かずも

家妻は 心おきなし 読む書の 声ねむたげに 落ちゆく聴けば

口授しつつ うしろ寒けき 短日を 懸巣は飛びて するどかりしか

その母の 父とこもるに いつか来て 子らはあるなり 居るともなしに

面火照り 炉に寄る子らが 影見れば あかあかとけぶり 煮立つものあり

ありやうは 春の朝の 飲食も 色に見ずては つひに寒けき

山にして 幽けかりしか 蔀戸に 冬はここだくの 小さきめの絵馬

めの絵馬は 掌を合せゐる 幼児に 一刷毛の空を 青く流しき

眺めとて 何の色なき 冬山の 雑木端山も 見ずばさぶしき

冬山は 雑木のかげり 夕早し 灯を点けよとぞ 諸に点けしむ

明き燈に 人ははばかる 我が影を 鼠牙研ぎ 噛む音立てぬ

明笛の 竹紙すらだに 舌ねぶる 鼠なりきや 啖ひやぶりける

眼を開く をさな夜床の 灯かげには 鼠の法師 大きかりにし

鉢の蘭 くらひゐにしか 夜の凍みを 障子ゆるがし 鼠去りぬ

貂ならむ 我が冷えわぶる 後夜にして 鼠ひた追ふ 音駈けめぐる

壁うらに 食はるる鼠 声啼けり 飽くなき貂も はたや寒かる

冬夜さり 鼠の業も 果てけらし 貂の眼も 食に和むか

松風や さわたるらしき 灯を消して その松の姿 いまは見えつつ

和歌と俳句