池水に 黝き八つ手の 葉はひたり なまじひに月夜 見えてあるなり
うちみはり 眼うつろに 居る我を 月昼のごと 照りて闌くるか
トーキーは 夜の寒にして 騎馬隊の 蹄の音も 撮るにかあらむ
めらめらと 灯の燃えつきし 幻覚も 障子に消えて 雪曇りなり
雪空の 暗く閉ぢたる 降り出でて ことごとが白く 楽しく舞ひぬ
我が堪へて 瞼たぎる 日暮れ方 雪はけはひに 降り乱れつつ
一つ来て 瞼に煮ゆる 雪片の 須臾とどまらず 水と滴りにけり
睫毛より 涙したたる 両眼を 映画にて見にき その大写し
枯山に 雪しらしらと 降れりとふ 枯山にすらも 人目遊ぶを
降る雪に 灯向けしめ その雪の ほたほたと出でて 飛ぶに胆冷ゆ
庭に観て 眼もひらく今朝の よろこびは 雪つもる木々の 立体感なり
冬わたる 紅腹鷽は 雪ぶりの 後晴にして 声にこそ来め
新春と 今朝たてまつる 豊御酒の とよとよとありて またたのたのと
父母に 寿詞まうさく 歳の旦 仰ぎまみえむ 視力早や無し
ゐずまひに 眼先貴なる 杯や とよりと屠蘇の 注がれたるかに
汝兄今は 屠蘇も召さぬか あはれよと 母嘆かすや しづけき我を
弟どもが 酒に吼ゆるを 寿詞とも 元日は聴け 日もかたむきぬ
妻を呼ぶ 小さき木魚は 掌に据ゑて うつによろしも 足音ちかづく
呼ぶとして たたく木魚も 見えぬ外に 手元逸れつつ 畳をうちぬ
明笛は ひやるろほろろと 吹きいでて すべしらぬかなや 指を遣るすべ
指触り 冬は頼めし 明笛の 竹紙のつよき 張りぞひびらぐ