眼にさぐる 雑魚の熬り煮は 箸つけて 暗きかもやあはれ 霜夜燈火
冬ざれの 印旛郡ゆ 熬りて来し 小蝦のひげが 繁こごりけり
藪雑木 谷地の日かげの しづけきは 一朝にしも み冬寂びたる
小綬鶏の 群れつつ黙む 雑木原 冬は日すぢの 目に立たずして
冬ひと日 なにかきこえて ある山の まだしづかにて 明らなりける
瀬の音の ひと日ひびかふ 冬まけて 鉄瓶の湯気 我も立たしむ
冬むかふ 谷地田の日かげ 瀬の音して 照る山方ぞ す枯れはてたる
陽にあてて 瞼温もる ほどほどは 聴かゆる方の 音きこえつつ
積むのみぞ 冬の書塵の もろもろは 我が読まずなりて すでにしづけき
玉蘭の 落葉掻き集め 焚く風呂の ねもごろ柔き 湯気に立つめり
我が山は 落葉繁なり 風呂立てて 二十日まり焚きて いまだ散り敷く
大霜の 田川ひびかふ のみなるを 我が聴きに出て 朝は居りける
霜下りて 近くなりたる 冬山を アトリの声は 繁くもぞ来る
眼を開き 歩む林の 小綬鶏は 霜踏み越えて 清しかるべし
虎の貌 啖ひ飽きたる さましてぞ 愚かなりしか その眼とろめつ
猛々し 群虎の月に 嘯くを 呆けたるがひとり 澗水なめぬ
書読みて 楽しかりにし 昨思へば 燠掻きほぜり 冬よるべなし
楽しみと 書は読みしか 味気なし ゆとりとてあらず 読むを聴きつつ
書読みて ひたり味ふ しづけさを 声ありやとも 聴きぬ霜夜は
読みさして ゆとりあるまの うら和ぎや 自が楽しみと 書は読みける
聴きてゐつ 心に読むと 沁む文字の 声ことごとく 象ありにし