北原白秋

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黒き檜の 沈静にして 現しけき、 花をさまりて 後にこそ観め

か黝葉に しづみて匂ふ 夏霞 若かる我は 見つつ観ざりき

我が眼はや 今はたとへば 食甚に 秒はつかなる 月のごときか

視ると聴くと そのいづれとふ いよをかし 視て而も聴くに 豈まさらめや

我ならぬ 言ひたやすかり 縦しや眼は 耳に聴けちふ 心に観よちふ

我が暗き 人にここだく きこゆるは 勢ふに似たり 言ひて何せむ

馴れにけり 暗き視界も よのつねは かくあるごとく 見つつ安らに

春蝉の 早や鳴きそむる 我が山を 向ひにもこの日 じじと声立つ

激しかる 我が性をしも 言撓めて 堪へ堪へて居れ 蝉の鳴きいづ

若葉森に 雨呼ぶ蛙 湯に聴けば 煙筒を揺りて 声湧くごとし

郭公の 録音聴くと 楢わか葉 風あざやけき 庭に眼は留む

眼もひらく 初夏の清しさ 我聴けり かつこうかつこうの 光の録音

深かりし 霧霽れゆきて 谷地田には 月照れりとふ 明日から暑し

靄ごもり 大暑の照りの しづけきは 寒かるがごとし 蝶ひらら居る

白栄の 靄たちこむる 真昼にぞ げんおしようこは よく煮立つらし

鳥猫 大暑の照りに 耳立てて 蚊を追ふ見れば 体かろく跳ぶ

茅蜩は 合歓の夕花 咲きそむる 山方にして 気色添ひつつ

雨とふる 朝ひぐらしの 声きけば 常あるに似たり 繁き杉山

夏山に 波の音荒く 起りしが あはれあはれ トーキーの模擬音にして

夏撮す 林檎の花は 光れども 現ならねば 早やあはれなり

夜の零時 火星赤々と 迫り来て 模擬市たちまちに ネオン消したり

街建てて 夜々華やぎし 今朝聴けば ぐわらぐわらと すでに壊しつつあり

和歌と俳句