北原白秋

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鯉市ぞ 本成寺前に 立てりとふ 早や短日を 競りてあらむか

門川は 黒きのみなる 鯉生きて 初冬の真水 ほそりたりけり

雪降らむ 雲は低きに 荒々し 山袴づれが 真鯉競りあぐ

山びとが 鯉を愛づるは 常無くて 徹り澄みたる 姿観にけり

白鱗の 三色の鯉の 清けきは 氷中花とも 澄みて真水に

観るものと はぐくむ鯉は 常愛でて なほ思ふから 色に出づちふ

水に澄む 端厳の相 これをかも 豊けしといはむ 鯉ぞ老いたる

生くらくは 鯉市にしも しかもなほ 青淵の鎮み 鯉たもちたり

黒の鯉 三十六鱗 みな張りて 息ととのへれ 寒きはまらむ

山国は 冬のものなる 鯉市も 日の目みじかく 数よまずけり

短日の 市の盥や 手づかみと 鯉は投げられ 少なくなりぬ

市はてて 気どほきごとし 鯉あらぬ せせらぎに菊の うつれる見れば

み湯のしり とろむお池の 湯ごもりに 息づきてあるか 鯉は老けつつ

風ひびく 冬山岸に はららくは 白樺の清き 黄葉なりけり

冬山の つまさきあがり 早や凍みて 日光はじかぬ ここだ石ころ

冬溪に こもる椙森 夕日さし かかる鎮みの 雪を待つなり

山柿の ここだ朱かる 豆柿も 正眼仰ぎて 色によむなし

手にひろふ ものの落葉は つくづくと 眼さきすがめて 見るべかるらし

柴積は 莚かけ置く 霜ながら まだあをあをし ひつぢ田の湯田

天の月 川の瀬照らす 更闌けて ここにしぞ思ふ 四方の鎮もり

潭水の 自力発電の 音澄みて 飯士の山に 月照りわたる

和歌と俳句