和歌と俳句

齋藤茂吉

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田螺と彗星

とほき世の かりようびんがの わたくし兒 田螺はぬるき みづ戀ひにけり

田螺はも 背戸の圓田に ゐると鳴かねど ころりころりと 幾つもゐるも

わらくずの よごれて散れる 水無田に 田螺の殻は 白くなりけり

赤いろの 蓮まろ葉の 浮けるとき 田螺はのどに みごもりぬらし

味噌うづの 田螺たうべて 酒のめば 我が咽喉佛 うれしがり鳴る

ためらはず 遠天に入れと 彗星の 白きひかりに 酒たてまつる

うつくしく 瞬きてゐる 星ぞらに 三尺ほどなる ははき星をり

をさな妻

墓はらの とほき森より ほろほろと 上るけむりに 行かむとおもふ

木のもとに 梅はめば酸し をさな妻 ひとにさにづらふ 時たちにけり

をさな妻 こころに持ちて あり経れば 赤小蜻蛉の 飛ぶもかなしき

目を閉づれば すなはち見ゆる 淡々し 光に戀ふるも さみしかるかな

ほこり風 立ちてしづまる さみしみを 市路ゆきつつ かへりみるかも

このゆふべ 塀にかわける さび紅の べにがらの垂りを うれしみにけり

嘴あかき 小鳥さへこそ 飛ぶならめ はるばる飛ばば 悲しきろかも

細みづに ながるる砂の 片寄りに 静まるほどの うれひなりけり

水さびゐる 堀江の面に 浮きふふむ この水草は うごかざるかな

汗ばみし かうべを垂れて 抜け過ぐる 公園に今 しづけさに會ひぬ

をさな妻 ほのかに守る 心さへ 熱病みしより 細りたるなれ

悼堀内卓

堀内は まこと死にたるか ありの世か いめ世かくやし いたましきかも

信濃路の ゆく秋の夜の ふかき夜を なに思ひつつ 死にてゆきしか

うつそみの 人の國をば 君去りて 何邊にゆかむ ちちははをおきて

早はやも 癒りて来よと 祈むわれに なにゆゑに逝きし 一言もなく

いまよりは まことこの世に 君なきか ありと思へど うつつにはなきか

深き夜の とづるまなこに おもかげに 見えくる友を なげきわたるも

霜ちかき 蟲のあはれを 君と居て 泣きつつ聞かむと 思ひたりしか