和歌と俳句

齋藤茂吉

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うつし身

雨にぬるる 廣葉細葉の 若葉森 あが言ふこゑの やさしくきこゆ

いとまなき 吾なればいま 時の間の 青葉の揺れも 見むとしおもふ

しみじみと おのれ親しき 朝じめり 墓原の蔭に 道ほそるかな

やはらかに 濡れゆく森の ゆきずりに 生の命の 吾をこそ思へ

よにも弱き 吾なれば 忍ばざるべからず雨ふるよ 若葉かへるで

うつしみは 死しぬ此のごと 吾は生きて 夕いひ食しに 歸りなむいま

黒土に 足駄の跡の つづけるを 墓のほそみちに かへり見にけり

うちどよむ 衢のあひの 森かげに 残るみづ田を いとしくおもふ

青山の 町蔭の田の 水さび田に しみじみとして 雨ふりにけり

森かげの 夕ぐるる田に 白きとり 海とりに似し ひるがへり飛ぶ

寂し田に 遠来し白鳥 見しゆゑに 弱ければ吾は うれしくて泣かゆ

くわん草は 丈ややのびて 湿りある 土に戦げり このいのちはや

はるの日の ながらふ光に 青き色 ふるへる麦の 嫉くてならぬ

春浅き 麦のはたけに うごく蟲 手ぐさにはすれ 悲しみわくも

いとけなき 心葬りの かなしさに 蒲公英を掘る さとの岡べに

仄かにも 吾に親しき 豫言を いはまくすらしき 黄いろ玉はな

うめの雨

おのが身を いとほしみつつ 帰り来る 夕細道に 柿の花落つも

はかなき身も 死にがてぬ この心 君し知れらば 共に行きなむ

さみだれの けならべ降れば 梅の實の 圓大きく ここよりも見ゆ

天に戦ぐ ほそ葉わか葉に 群ぎもの 心寄りつつ なげかひにけり

かぎろひの ゆふさりくれど 草のみづ かくれ水なれば 夕光なしや

ゆふ原の 草かげ水に いのちいくる 蛙はあはれ 啼きたるかなや

うつそみの 命は愛しと なげき立つ 雨の夕原に 音鳴くものあり

くろく散る 通草の花の かなしさを 稚くてこそ おもひそめしか

おもひ出も 遠き通草の 悲し花 きみに知らえず 散りか過ぎなむ

道のべの 細川もいま 濁りみづ いきほひながる 夜の雨ふり

汝兄よ汝兄 たまごが鳴くと いふゆゑに 見に行きければ 卵が鳴くも

あぶなくも 覚束なけれ 黄いろなる 圓きうぶ毛が 歩みてゐたり

見てを居り 心よろしも 鶏の子は ついばみ乍ら ゐねむりにけり

庭つとり 鶏のひよこも 心がなし 生れて鳴けば 母にし似るも

乳のまぬ 庭とりの子は 自づから 哀れなるかもよ 物食みにけり

常のごと 心足らはぬ 吾ながら ひもじくなりて 今かへるなり

たまたまに 手など触れつつ 添ひ歩む 枳殻垣に ほこりたまれり

ものがくれ ひそかに煙草 すふ時の 心よろしさの うらがなしかり

青葉空 雨になりたれ 吾はいま こころ細ほそと 別れゆくかも

天さかり 行くらむ友に 口寄せて ひそかに何か いひたきものを