和歌と俳句

齋藤茂吉

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入りつ日の 赤き光の みなぎらふ 花野はとほく 恍け溶くるなり

さだめなき もののおそひの 来る如く 胸ゆらぎして 街をいそげり

うらがなし いかなる色の 光はや 我のゆくへに かがよふらむか

おくに

なにか言ひたかりつらむ その言も 言へなくなりて 汝は死にしか

はや死にて 汝はゆきしか いとほしと 命のうちに いひけむものを

終に死にて 往かむ今際の 目にあはず 涙ながらに われは居るかな

なにゆゑに 泣くと額なで 虚言も 死に近き子に 吾は言へりしか

うつし世の かなしき汝に 死にゆかれ 生きの命も 今は力なし

もろ足も かいほそりつつ 死にし汝が あはれになりて ここに居りがたし

ひとたびは 癒りて呉れよと うら泣きて 千重にいひしが つひに空しき

この世にし 生きたかりしか 一念も 申さず逝きしを あはれとおもふ

何も彼も あはれになりて 思ひいづる お國のひと世は みじかかりしか

せまりくる 現實は悲し しまらくも 漂ふごとき ねむりにゆかむ

やすらなる 眠もがもと 此の日ごろ 眠ぐすりに 親しみにけり

なげかひも 人に知らえず 極まれば 何に縋りて 吾は行きなむか

しみ到る ゆふべのいろに 赤くゐる 火鉢のおきの なつかしきかも

現身の われなるかなと 歎かひて 火鉢をちかく 身に寄せにけり

ちから無く 鉛筆きれば ほろほろと 紅の粉が 落ちてたまれり

灰のへに くれなゐの粉 落ちゆくを 涙ながして いとほしむかも

生きてゐる 汝がすがたの ありありと 何に今頃 見えきたるかや