覇王樹の くれなゐの花 海のべの 光をうけて 気を発し居り
鹽はゆき 温泉を浴みて こよひ寝む 病癒えむと おもふたまゆら
鴎等は ためらひもなく 今ぞ飛ぶ 嫉くしおもふ 現身われは
長崎の 茂木の港に かよふ船 ふとぶとと汽笛を 吹きいだしたり
入りつ日の 紅き光の ゆらぐとき 磯鵯の こゑもこそ聞け
日だまりに けふも来りぬ 行末の ことをおもはば 悲しからむぞ
小浜なる 森芳泰来 わがための 心づくしを 永くおもはむ
温泉の 山のふもとの 鹽の湯の たゆることなく 吾は讃へむ
旅にして 彼杵神社の 境内に 遊楽相撲 見ればたのしも
祐徳院稲荷にも吾等まうでたり 遠く旅来し ことを語りて
嬉野の 旅のやどりに 中林梧竹翁の 手ふるひし書よ
透きとほる いで湯の中に こもごもの 思ひまつはり 限りもなしも
わが病 やうやく癒えぬと おもふまで 嬉野の山 秋ふけむとす
年々に のほふうつつの 秋草に つゆじも降りて さびにけるかも
石垣の ほとりに居れば 過ぎし世の ことも偲ばゆ よみがへるはや
もろ人が 此処に競ひて 学びつる その時おもほゆ 井戸をし見れば
芭蕉葉も やうやく破れて 秋ふけぬと 思ふばかりに 物ひそかなり
洋学の 東漸ここに 定まりて 青年の徒は なべて競ひき
柿落葉 色うつくしく 散りしきぬ 出島人等も 来て愛でけむか
鳴滝の 激ちの音を 聞きつつぞ 西洋の学に 日々目ざめけむ