和歌と俳句

齋藤茂吉

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夜もすがら 歌を語りて 飽かなくに 朝鶏が鳴く 茜さすらし

九州の 十一人の 友よりて われと歌はげむ 夜の明くるまで

三生軒 居室より見おろす 谷まには 僧一人来て 松葉を掃くも

筑後川 日田よりくだる 白き帆も 見ゆるおもむきの 話をぞ聞く

観世音寺 都府楼のあとも われ見たり 雑談をして もとほりながら

南の 国はゆたけし 朝あけて 君を照らさむ 天つ日のいろ

長崎の 港をよろふ むら山に 来向ふ春の 光さしたり

きびしかり はやりかぜにて 身近くの 三たりはつひに 過ぎにけらずや

そがひなる 山を越えゆく 矢上にも 思のこりて われ発たむとす

長崎を われ去りなむと あかつきの 暗きにさめて 心さびしむ

長崎を われ去りゆきて 船笛の 長きこだまを 人聞くらむか

白雪の みだれ降りつつ 日は暮れて 港の音も 聞こえ来るかな

行春の 港より鳴る  船笛の 長きこだまを おもひ出でなむ

もろびとに 訣をつげて 立ちしかど 夜半すぎて心 耐へがてなくに

春いまだ 寒き小倉を われは行く 鴎外先生 おもひ出して

公園の赤土のいろ 奇兵隊戦死の墓 延命寺の春は海潮音

あたたかき 海邊の街は 春菊を 既に賣りありく 霞は遠し

鳥の音も 海にしば鳴く 港町 湯いづる町を 二たび過ぎつ

年ふりし 道後のいでゆ わが浴めば まさごの中ゆ 湧きくるらしも

大洋を われ渡らむに この神を 斎ひてゆかな 妻もろともに