和歌と俳句

齋藤茂吉

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秀頼が 五歳のときに 書きし文字 いまに残りて われも崇む

熊本の あがたより遠く 見はるかす 温泉が嶽は 凡ならぬやま

光より そともになれる 温泉の 山腹にして 雲ぞひそめる

球磨川の 岸に群れゐて 遊べるは ここの狭間に 生れし子等ぞ

みぎはには 冬草いまだ 青くして 朝の球磨川ゆ 霧たちのぼる

青々と 水綿ゆらぐ 川のべに われはおりたつ 冬といへども

一月の 冬の眞中に くろぐろと 蝌蚪は かたまるあはれ

白髪岳 市房山も ふりさけて 薩摩ざかひを 汽車は行くなり

大畑駅より ループ線となり 矢嶽越す 隧道の中にて くだりとなりぬ

櫻島は 黒びかりして そばだちぬ 熔巌ながれし あとはおそろし

城山に のぼり来りて 劇しかりし 戦のあと つぶさに聞きて去る

開聞の さやかに見ゆる この朝け 櫻島のうへに 雲かかりたる

大隅は 山の秀つ國 冬がれし 山のいただき 朝日さすなり

霧島は 朝をすがしみ おほどかに 白雲かかる うごくがごとし

霧島は ただに厳し ここにして 南風に 晴れゆきしとき

宮崎の 神の社に まゐり来て われうなねつく 妻もろともに

冬の雨 いさごに降りて ひろ前に あゆめるわれの 靴の音すも

打寄する 浪は寂しく 南なる 樹々ぞ生ひたる かげふかきまで

青島の 木立を見れば かなしかる 南の洋の しげりおもほゆ

南より 流れわたれる 種子ひとつ わが遠き代の ことしぬばしむ

青島に 一夜やどりて ひむがしの くれなゐ見たり わが遠き代や

ひむがしは 赤く染まりて わが覚むる 日向の國の あかつきのいろ

霧島は おごそかにして 高原の 木原を遠に 雲ぞうごける

あたらしき 年のはじめを 旅来しが 高千穂の峰に 添ふごとかりき

青井岳の 駅出でてより 猪の 床の話を 聴きつつ居たり