和歌と俳句

齋藤茂吉

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うかららは 共になげけど 隣室の 兄のなきがらを 吾つひに見ず

のどかなる 日もたえてなく 老いけれど もの嫉みだに せしこともなし

うつせみの いのち絶えたる わが兄は 国溝台に 生きのこりけり

やうやくに 冬ふかみゆきし 夜のほどろ 兄を入れし棺の そばにすわりぬ

みづみづしき 富にいそしみし わが兄と おもひしかども 寂しく老いき

田のあひに あかあかとして 燃えゆける 兄のなきがら かなしくもあるか

近山も 雪もよひして 兄の亡骸を ひと夜のうちに 葬りはてぬ

ただならぬ 寒き国土に たちゆくと こぞるみちのくの 兵をおくらむ

金瓶に あした目ざめて 煤たりし 家の梁を しばし見て居り

みちのくの 一夜空はれ つゆじもは あふるるまでに 草におきたる

上山の 町にふりくる 時雨のあめ ほそきを見れば 雪ちかづきぬ

みちのくの 上山にて 見つつゐる 土のはてより 霧たちわたる

新庄を わがたちしより 車房には 士官ふたりが 乗込み居りつ

しぶきつつ 降る冬雨の おとのまに まいのち死にたる 兄をしおもふ

みなぎりて 山に降りたる 冬のあめの 晴れ行けりとふ ことは思はず

国ざかひ 越えたるらしき ころほひに せまりてふかし 夜の山谷

雨はれし 山を過ぐるか 白雲が 月に照らされて うごけるらむぞ

窓そとに 谿はせまりぬ 羽前より 幾山ごえを 越えきたりたる

目つむりて 坐れる妻の かたはらに 歌の選みを ふたたにはじむ

汽車なかに 居りつつぞ見る 月かげは 谿をてらして かたむくらしき

みまかれる 兄をさびしみ 湯のいづる 鳴子の山に この夜寝むとす

おのづから 硫黄の香する この里に 一夜のねむり 覚めておもへる

元禄の 芭蕉おきなも ここ越えて 旅のおもひを とことはにせり