和歌と俳句

齋藤茂吉

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おしなべて 戦のごとく せまりくる きびしき世にし われ生きむとす

満洲に いのち果てたる 兵士らを おもひつつ居る 夜は寒しも

白霜の むすびわたれる 朝まだき 胡頽子の若木を 移し植ゑしむ

おとろふる 吾のまなこを いたはりて 目薬をさす しばだたきつつ

朝夕の 時を惜しみて 春寒き まちのちまたに 出でにけるかも

父母も すでにみまかり 我がこころ やうやくにして しづけかるらし

二師団の たたかふ軍の なかにゐて わが村人も いのち果てたり

浅草の 五重の塔を そばに来て われの見たるは 幾とせぶりか

日のあたる 縁に置きたる 幸草の 花みるまでに 今日はゆたけし

豊酒を 一つき飲むや わがいのち 養ふがねと 二つき飲まむ

一人ゐる われとおもはず 紅に 咲きたるうめを めでにけるかも

むらぎもの 心なごみて 春の海 いきほふ浪に われたちむかふ

伊豆のうみ とどろとどろと 白浪の ちる荒磯べに 国を思はな

豊さかと さかゆるくにの 新年の 海べに立ちて 幸をねがはむ

沖つかぜ 寒くし吹けど むら千鳥 なくこゑ聞けば 心たぬしも

あまつ日の ひかりわたつみに かがやきて わが大王の 御稜威なすかも

紅梅は かなしきいろに 咲きにほふ あはれかなしと 道ゆきにけり

くれなゐの 梅の咲きちる 野べに来て かなしき恋を われは聞かむか

梅の園 もとほりくれば 五十年の 過ぎこしことは 遠世のごとし

くれなゐの 梅のふふめる 下かげに われの一世の 老に入るなり

うめが香の きこゆるいへに 夜ふけぬ われに言問ふ をとめごもかも