和歌と俳句

齋藤茂吉

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あまのはら あけわたりたる 日のひかり あまねきにわれ あゆみ来にけり

いにしへの 心たらへる 人のごと 餅を食ひぬ 今朝のあさけに

何事も あきらめしごとき 人を見ず みづみづとして 人歩むはや

冬の野に 頬白啼きぬ いそがしき 人等あゆみを とどめて聞けば

あづさゆみ 春はまだきに 寒けれど 光たむろに 花を咲かしむ

あたらしき 年のはじめに いにしへゆ 水をくまむと 泉におりつ

くれなゐの 林檎がひとつ をりにふれて 畳のうへに あるが清しも

飛行士の 勇猛によりて この夏ごろ 太平洋を 乗りきるらむか

あたらしき 年のはじめに 我おもふ ひたぶるの道に 生きむは誰か

この童子 みなし児といへど ふたりの祖父 ふたりの祖母が すでにあるにあらずや

鎌倉の きびしくうごく 代にありて 殺されし君 うたびとにあはれ

ふゆの夜の 更けゆけるまで 実朝の 歌をし読めば おとろへし眼や

もの書きつぐ われのうしろに おもほえず 月かたぶきて 畳を照らす

短歌革新の気勢をあぐる顔ぶれは 皆われに会釈するもののみなりき

いどみくる この闘に 斥候を 放たむことを われ敢てせず

きさらぎの 日は落ちゆきて はやはやも 氷らむとする 甕のなかのみづ

ほしいままに 霜がれわたる わが庭に 頬白来るを 知らで過ぎにき

出羽ヶ嶽に もの話さむと このゆふべ 相撲争議団の 一室に居り