和歌と俳句

齋藤茂吉

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こゑあげて ひとりをさなごの 遊ぶ聞けば この世のものは はやあはれなり

やうやくに 老いづきにけり さびしさや 命にかけて せしものもなし

われを悪む 人おもはぬに あらねども こよひやすらかに 臥し居りにけり

まなこ冴えて われはねむれず 巨流河の 警戒塹に 雪ふるらしも

空にひびきて ニコライでらの 鐘鳴るを 旅人のごとく われは聞くなり

敵の塹に 一気になだれいりし犠牲 勇猛をわれも 泣かざらめやも

おのが身を ほのほになして いのちはてし 三たりの兵を 泣きておもはむ

たたかひは ただに勝ためと とどろきし 突撃兵に 生きしものあり

ゆふぐれの 車房より赤きを ふりさけし 山のうへの火 ひろごるらむか

ゆたかなる ものにもあるか あまつ雲 箱根の山を 越えてなびける

しげみより 湧きかへりくる 山みづの 浪に入りゆきし あかき鯉くろき鯉

たかむらに 春日のてれる 伊豆のくにや 幽かに人は 家居せりけり

年ふりて 山の南の 椿の木 あふるるばかり 椿花さく

旅とほく 病めるわが子よ もろびとの あつきなさけに 今ぞよみがへる

病みてふす 子の枕べに わが寝ねど よはに眼ざめて こころなげかむ

あわただしき こころのごとく 春ゆきて 伊賀の山べに 霞たなびく

奈良に境ふ 山並とこそ 聞きつれど 心は悲し 行きがてぬかな

年ふりし いほりに入れば かすかなる 音だにもなし 萌ゆる若葉に