和歌と俳句

齋藤茂吉

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この日ごろ 実朝の歌に こだはりて あけくれにけり なにのゆゑぞも

胡頽子の実の くれなゐふかく なりゆくを われは楽しむ 汗を垂りつつ

おほつぴらに 軍服を著て 侵入し来るものを 何とおもはねばならぬか

亀の子の 坎にひそむと かなしみし 時代のごとく われひとり居り

卑怯なる テロリズムは 老人の 首相の面部に ピストルを打つ

革命者気味に はしやぎてとほる 群衆の 断続を見てかへる わが靴のおと

おもおもしき さみだれまへの かなしみを 山にひそみし 人は知らぬか

あまつ日の 白き光の まばゆきに 合歓の延ぶるは あはれなりけり

ものぐるひの あらぶるなかに たちまじり われの命は 長しとおもはず

よひやみの 空にひびきて 虫ぞ鳴く こほろぎいまだ 鳴かぬ草より

しほはゆき 昆布を煮つつ われは居り 暑きひと日よ ものおもひもなし

ひぐらしの 鳴くころほひと なりにけり 蜩を聞けば 寂しきろかも

とほき世の ひじりのごとく 額ふして なげきくやしまむ 時もなかりき

あをあをと おどろくばかり 太き蕗が 沢をうづめて 生いしげりたる

ひと里も 絶えたる沢に 車前草の 花にまつはる 蜂見つつをり

とほく来し われに食はしむと 家人は 岩魚をもとめて 出でゆきにけり

志文内の 山沢中に 生くといふ 岩魚を見れば ひとつさへよし

山なかに くすしいとなみ ゐる兄は ゴムの長靴を 幾つも持てり

からすむぎの なびきおきふす 山畑 晴れたりとおもふに はや曇りける

うつせみの はらから三人 ここに会ひて 涙のいづる ごとき話す