和歌と俳句

齋藤茂吉

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秋の夜の 身に沁むごとく さ夜なかと 更けゆきにけり まどかなる月

さ夜なかと 夜は過ぎつつ 志文内の 山のうへ照らす 月のかげのさやけさ

二日ふりし 雨雲とほく 退きながら ありあけのつき 空ひくく見ゆ

雨はれて ひくむら山に かこまれし 村を照らせる 夏の夜の月

かはかみの 小畑にまで 薄荷うゑて かすかに人は 住みつきにけり

年々に トマト植うれど くれなゐに いまだならねば うらがるるなり

一週に一度豆腐をつくる村を 幸福のごとく かたりあへるかな

この村の 二人つどひて 酒のみぬ 宮城あがたのひと 秋田あがたの人

わが兄の ひとりごをとめ 北ぐにの 言になまりつつ 五日したしむ

小学の をさなごどもは 朝な朝な この一峠 走りつつ越ゆ

裏土に わづかばかりの 唐辛子 うゑ居るみれば やうやく赤し

妻運の うすきはらからと おもへども 北ぐににして 老に入りけり

原始林の 麓をすぎて けだものの 住みをることを かつて思はず

年老いつつ 鴉を打ちて 食ひしとふ 貧しきものの ことを語りつ

過去帳を 繰るがごとくに つぎつぎに 血すぢを語りあふぞさびしき

夏ふけし 北の山路に 小豆畑は 霜によわしと 語りつつゆく

白雲は かすみのごとく たなびきて この沢なかに 月てりにけり

日は入りて 薄荷畑に 石灰を まきつつをりし 人もかへりぬ

旅とほく 来りてみれば 八月の なかばといふに 麦を刈るなり

十字架ある会堂も見ず ほとけの寺の 鐘は一日も 聞こえざりけり