和歌と俳句

齋藤茂吉

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はるばると つひに来にける この夕 時を惜みて 町を歩けり

公園に なり居るらしき 此山を かゆきかくゆき 町を見おろす

稚内の 山に登りて あかあかと わたつみに陽の 落ちゆくを見つ

夕食後 散歩にいでて 天理教の 路傍説教 聴きてゐたりき

天理教の 説教聞けば 即ち曰く 『諸君のやまと魂を呉れてください』

受持の 女中来りて まめまめしく われのズボンを 寝押にしたり

蚊が居りて ねむれずとひ 弟は 蚤取粉を 火鉢にいぶす

やうやくに 遠ざかるなり 稚内を 船出して見る 青陸の山

青山の 裾に見えゐる 部落等は 海の潮に 浸れるごとし

海峡を 船わたりゆく 時にして 東北晴れて 南西くもる

おもおもと 曇のしづむ わたの原 かりがね一つ 鳴くもきこえず

朝かぜの 吹きゐし港 船出して 曇れる海を 北へぞむかふ

海の上に 鴎むれつつ 浮ける様 たまたま見えて 我船は行く

樺太が 雲の上より あらはれぬ 何かかたまりし もののごとくに

大泊の 山見えそめて かはるころ 旅なつかしく おもほゆるかな

船に乗りて 海をわたれば 半日の旅といへども 心あやしも

係恋に 似しこころもて 樺太の 原始林をただ 空想せりき

山火事の 煙のために 空暗く その時午後三時には 灯つけしと

平原を 河の流れて 行くが見ゆ 浅岸にして 水はあらしも

花原が 限も知らに 続きつつ 豊原近く 日は暮れむとす