和歌と俳句

齋藤茂吉

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このあさけ 起きいでて見れば まながひの 桂月嶽に 雲はうつろふ

よべひとよ 谷にみなぎりし 白雲の 動きそめつつ 鳥が音きこゆ

さばまれる 谷の空はれて 虚しきに ひびきを挙げて 浪は疾しも

いそがしく わが目のまへを 流れたる 丸太はひとつ 見えなくなりつ

川上の いづらの山と おもほゆる 雲ふかきより 流れくるもの

山峡は せまくなりつつ むかうより 盛りあがりくる浪は白しも

おのづから 一夜はあけて 山峡や はらから三人 朝いひを食ふ

兄も吾も 心したしく もの言ひつ 石狩川の みづに手ひたす

山鳩は すぐ間近くに 落葉松の 林のなかに 居て鳴くらしも

くれなゐに 色づきながら 生りてゐる 林檎を食ひぬ 清しといひて

三人して 林檎の園に 入りて来つ 林檎のあひを 潜りてぞ行く

降りつぎし 雨の晴れまに 人居りて 音江山べに 麦刈りにけり

音江村の 高きに居れば とほどほに 石狩川の うねりたる見ゆ

降りつぎし ひと夜の雨の 晴れしまの 石狩川は 浪だちながる

息つめて われの見おろす 空知川 石狩川の 濁り浪はや

狩勝へ いまだほどある 行方にし おもおもと雲とづる山あり

にごり浪 あげくる流 見えなくに 空知川のみづ 林をひたす

まぢかくを 空知の川の 川浪は しぶきあげつつ 流れゆく見ゆ

高山の うねりの間を 過ぎ来しが 分水嶺を 此処にして越ゆ

寒き風 嶺に吹きつつ 空知がはの 源となる 水は濁らず