和歌と俳句

齋藤茂吉

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塩釜に 一夜ねむりて あかつきの もろごゑきけば 諍ふごとし

塩釜の 神の社に まうで来て 妻とあらそふ ことさへもなし

塩釜の 社に生ふる 異国の 木の実をひろふ 蒔かむと思ひて

みちのくの 北へわたふ 山脈に 雪ふるを見て 旅を来にけり

塩釜の なぎさに魚の 市たてば 貧しく生くる 人も集へる

塩釜の 港の岸に 人むれて 入りくる小舟 待つも親しも

あわただしき 生業に生きて あり経れば 妻と旅路に 寝るもしづけし

みちのくの かげともの国 旅ゆけば 冬といへども 光あかるし

人力に 乗りて仙台の 街を見つ 異国のまちに 入りしごとくに

いにしへの 旅ゆく道は 国分町より 青森街道に なりたりしとぞ

仙台の 街はなつかし をりをりは 古りたる街と おもひをれども

われいまだ いとけなくして 仙台の 街をこほしみし ことしおもほゆ

この城に 吾も一たび 来りつと かへりみむか 記憶も幽かになりて

こがらしは 一日吹きし つたひくる 衢のひびき 常なかりけり

うつそみの 国と国とし あひむかふ 心せまりて 年あけむとす

むらがりて 銀座をありく 人みれば なににかくのごとく 人ゆたけきか

うづたかく 臥所に書を つみをりて 二月こなた 読むこともなし

あかつきの いまだ暗きに はかなきや 八木節の夢 みて居たりけり

北平の 旅をぞおもふ 日もすがら 腹あたためき 下痢をこらへて

にごることなく 丘のむかうに 日没して 張学良の 軍楽鳴りき