和歌と俳句

齋藤茂吉

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大峰に つひに登りぬ わが友の 導くまにま 雲のなか来て

ほととぎす わが目のまへを 飛びて鳴く さ霧にくらむ 花原のうへ

石垣を 背向にしつつ 薬ぐさ かすかに植ゑて このひとつ村

大瀧・迫を過ぎて 柏木に 吉野の川の みなもとを越ゆ

伯母峰の 峠のうへに かへりみる 吉野の山は 大きしづけさ

新なる みなもととなりて みんなみへ 北山川は 流れてくだる

東より 大又川の 見ゆるころ 雨かぜしぶき 肌寒しも

山がはの 激ちの水に あらなくに このおほ瀞を のぼりつつ行く

山のまに しづみ湛ふる 瀞のいろ うつせみの世の よろこびならず

大雲取 小雲取こえ まゐり来し その夏の日を おもはざらめや

江川 濁り流るる 岸にゐて 上つ代のこと 切りに偲ぶ

夢のごとき 鴨山恋ひて われは来ぬ 誰も見しらぬ その鴨山を

人麿の 死をおもひて 夜もすがら 吾は居たりき 現のごとく

いつしかも 心はげみて 澤谷村 粕淵村を 二日あるきつ

図書館に入り石見の書 われは見ぬ 石見一國と いふも廣しも

下府より 上府にわたる 平には 稲あをあをし 國府のあとぞ

國分村に 國分寺址 たづねつつ 礎のみを 見らくも楽し

唐鐘の浦 いにしへは 栄えぬと 言ひ伝へたるを 聞きつつとほる

有福の いで湯浴みつつ 人麿の 妻の娘子の 年をぞおもふ

人麿の 命果てけむと いふ説を 心に有ちて 砂丘にそひ行く

川の音の たゆるま無きに 鴨山の ことをおもひて 吾はねむれず

雨はれて 二日照れども ひろびろと 宍道の湖は いまだ濁れり

出雲路を われは通れば 雨はれし 三瓶山見つ 大山を見つ

親しきは うすくれなゐの 合歓の花 むらがり匂ふ 旅のやどりに

やはらかき 三朝の温泉 浴みに来て 一夜が明けば われ去らむとす