和歌と俳句

齋藤茂吉

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起きいでて 朝の空を 見るときに この世のさまは しるくぞありける

羊等の むらがりゆける 野のはてに 空はにほひて こよなかりけり

みちのくの 相馬郡の 馬のむれ あかときの雲に 浮けるがごとし

たたかひを 古代のごとく 取扱ふ 時代は去りて 雲たちわたる

わが兄の つひのいのちを 終りたる 北見市兵村 おもかげにせむ

新宿の 大京町と いふとほり わが足よわり 住みつかむとす

みちのくの 酒田のうみに よする波 絶ゆるまもなく けふ見つるかも

松島の あがたに生くる 牡蠣貝を 共にし食ひて 幸とせむ

松島の うみのなぎさに おり立ちて みちのくびとと ひとりごちける

みちのくの 山のすがしさ かへりみて ゆくへも知らに われ老いにける

むらくもは 高く海のうへに たゆたひて 日本海の ありあけの月

われ七十歳に 眞近くなりて よもやまの ことを忘れぬ この現より

素直なる 老人になり 過ぎ行かむ 道筋もがも 晩年の道

大聖文殊菩薩中林梧竹拜書少年茂吉十五歳のため

わが窓より 鍵ぬきとりて 日光を 入れむとおもふ 午前の十一時

わが色欲 いまだ微かに 残るころ 澁谷の驛に さしかかりけり

みちのくの 蔵王の山に しろがねの 雪降りつみて ひびくそのおと

冬川の 最上の川に 赤き鯉 見えゆくときぞ こころ戀しき

みちのくの 人ら競ひて 爭はず 日すがら居れば いのち幸はふ

冬の日の ゆふまぐれどき 鴉らの 鳴きゆく時に わがこころ和ぐ

山並の 透るがごとく 冬の日の 入らむとすれば 光りのなごり