和歌と俳句

齋藤茂吉

27 28 29 30 31 32 33 34 35

萬國の 人来り見よ 雲はるる 蔵王の山の その全けきを

とどろける 火はをさまりて みちのくの 蔵王の山は さやに聳ゆる

金瓶の わぎへの里ゆ 蔵王見ゆ 雲幾とほりにも なりて越えくる

川原ぐみ くれなゐの色 あざやかに なりてゆく時 いのち長しも

みちのくの 最上の川の 川水の 寒くなるとき もの忘れする

われ老いて 金瓶村を おもひ出す 飛行機が一たび 越えし村の空

西の空 赤くからくれなゐにして 代田の家を われ去らむとす

大石田に 二とせ住みて わが一世の おもひであはく あとにのこりき

山形あがたの 堀田村は 今ゆのち 蔵王村とぞ 呼びはじめける

われ穉くて 蔵王の山を ふりさけし ころほいゆ五十年 年を経にける

秋の雨 一日降りつぎ 寒々と なりたる部屋に ばう然とゐる

いちじゆくの 實を二つばかり もぎ来り 明治の代の ごとく食みたり

あはれなる この茂吉かなや 人知れず 臥處に居りと 沈黙をする

朦朧と したる意識を 辛うじて たもちながらに われ暁に臥す

あけびの實 我がために君は もぎて後 そのうすむらさきを 食ひつつゐたり

あらあらしき 風吹ききたり 空高く 雲のゆくとき 庭の隅にゐる

隅田川の 川口近く たなびきて 行方も知らぬ 夕雲のいろ

柿に實の 胡麻ふきたるを 貰ひたり 如何なる柿の木になりたる實か

くれなゐの 木の實かたまり 冬ふかむ み園の中に 入りて居りける

銀杏の むらがり落つる 道のべに われは佇ずむ 驚きながら